Last modified: Thu Jun 30 23:14:40 JST 2022

三河弁(東三河豊橋弁)

はじめに

僕は昭和 35 年生まれで, 高校までずっと豊橋で育ったもんで, そこまではあんまり方言を意識したことはなかったんだけど, なんとなく標準語に近い単語やイントネーションで喋っとるって思っとった.
僕は昭和 35 年生まれで, 高校までずっと(愛知県)豊橋市で育ったので, そこ(高校)まではあまり方言を意識したことはなかったけれど, (頭の中で)ぼんやりとは(自分は)標準語に近い単語やイントネーションで 喋っているんだと思っていた.
ニュースで喋っとるアナウンサーの言葉も違和感なく入ってきたし, 逆に関西弁やなんかのきつい方言はすぐにに分かった.
ニュースで話しているアナウンサーの言葉も違和感なく入ってきたし, 逆に関西弁などの特徴ある方言はすぐにに分かった. (自分が標準語に近いから, そうでないものがかんたんに判別できるんだと 思っていた.)
もちろん三河弁自体が無いとはちっとも思っとらんで, パチンコ屋ののぼりに 「ようでるでのん」なんて書いてあると, 年寄りの古い三河弁だと思っとった.
もちろん三河弁自体が無いとは少しも思っておらず, パチンコ店の店頭の旗に 「ようでるでのん」(= (玉が)良く出ますよ)などど書いてあると, お年寄りが使う古い三河方言だと認識していた.
自分たあ の話すときの語尾の「だら」とか「りん」はもちろん三河弁だけど, 言葉の最後のほうがちょこっと違っとるだけで, 別に使わんでも話せるし, 公(おおやけ)の場では最初から使わんし, それほど気にしとらんかった.
自分たちの話をする際の語尾に付く「だら」とか「りん」はもちろん三河弁だけれど, 言葉の最後の数文字が違う程度で, 特に(それを)使わなくても話ができるし, (そもそも)公の場では使わないので, あまり気にしていなかった.
大学のときに名古屋に出てえらい環境が変わった. 一気に三河弁が通じんくなった. そして今まで標準語でどこでも通じるって思っとった言葉も, すんごいたくさん方言が入っとって, 通じんもんがいっぱいある事を 思い知らされた.
大学のときに名古屋に出てすごく環境が変わった. 一気に三河弁が通じなくなった. そして今まで標準語でどこでも通じと思っていた言葉も, すごくたくさん方言が入っていて, 通じないものがいっぱいある事を 思い知らされた.

三河弁セレクション

以下, 特徴的なものをいくつか. 書き出してみると思いっきり方言ですね. 本当はイントネーションでもどことなく標準語と違うものがいくつかあるんですが, そちらは文章では表現しづらいので割愛. どこの方言も同じですが, 特徴的なのは話し言葉で, 文章に書くときは 違う表現をします. 例えば「書いておく」と言う場合, 話し言葉では「てお」の部分が詰まって「書いとく」と言いますが, 作文などに書く場合は誰でも「書いておく」と書きます. ここではできるだけ喋っている通りに書き留めたいと思います.

注意しないといけないのは, ここに書いたのは豊橋市街弁だということ. 同じ三河でも岡崎, 安城などの西三河と豊橋, 蒲郡などの東三河で微妙に 言葉が違います. 豊橋の中でも市街部と農村部で違います. きっと年代によっても変化しているでしょう. どれが一般的でどれが限定的なのかはわかりません. 他の場所に行くと微妙に違った言い方をしていたりするんで, これが正解と言うものは無いと思ってください.

『じゃん, だら, りん』

まずは御三家『じゃん, だら, りん』です. この言葉を最初に聞いたときに, ちょうど所ジョージの『夢見るジョンジョロリン』と言う曲が流行ってました. (いや, 流行ってはいません.) ジョンジョロリン と じゃんだらりん. 語呂が 似ていて, 替え歌のように歌ってました.

A「これでいいらー?」 B「うん. いいじゃん」
A「これやったの あんただらー?」 B「違うって言っとるじゃん」
A「あんたの番だらー. はやくやりんよ」 B「ちょっと待って...」 A「ああだこおだ言っとらんで早くやりん」 B「待ってって...」 A「みんな待っとるもんで, 早くやりん」 B「待ってって言っとるじゃん」
A「あんたんたあ何しとるだん?」 B「なんにもしとらん.」
A「あんた やってみりん」 B「やらんわ」
A「もっと食べりん」 B「もう食べれん」 A「いやあ, もっと食べれるらあ?」 B「ほんとに食べれん」
A「これでいいよね?」 B「うん. いいね」
A「これをやったの あなたでしょ?」 B「違うって言ってるよね.」
A「あなたの番でしょ. はやくやりなさいよ」 B「ちょっと待って...」 A「なんだかんだ言わずに早くやりんなさいよ」 B「待ってって...」 A「みんなが待ってるんだから, 早くやれよ」 B「待ってって言ってるじゃないか」
A「あなたたち何をしてるの?」 B「なにもしていない.」
A「君 やってみなよ」 B「やらないよ」
A「もっと食べなさいよ」 B「もう食べられない」 A「いやいや, もっと食べられるでしょう?」 B「本当に食べられない」

語尾につく言葉で, 断定/強調/同意/疑問/確認/命令/要請など 様々なニュアンスで使われます. 特に『だらー』は頭につく言葉によって『らー』に変化することもあり 使いこなしが難しいです. 「いいらー」は「いいだらー」と言っても通じますが 「あんただらー」は「あんたらー」とは言いません.

愛知県の東の端に豊橋があり, 隣の静岡県には湖西, 浜松があります. 高校時代に湖西から通学している友人がいて, 「湖西は静岡だけど, 言葉は完全に豊橋(愛知)」と言われました. このときの彼の判断基準が『じゃん, だら, りん』でした. 大学時代には浜松の友人から 「人口や文化では豊橋に勝ったけど, 言葉では負けた」と言われるほど 浸透力の強い言葉で, その頃には大井川の西, 遠江の国は征服したようです. あれから 40 年. もう駿河を征服したでしょうか.

ちなみに豊橋から北へ向かう方向には飯田線と言う線路が走っており, 山を越えて長野県に繋がっています. 高校時代にその飯田線に乗ったときに 周りの人の会話が長野に近づくに従って「だら」から「づら(ずら?)」に 変わっていきました. 北への侵略は難しいかも.

西は強力な尾張弁(名古屋弁)が存在します. 豊橋は文化的には名古屋の属国です. 西方向への進軍も難しいかもしれません. あ, 当時, 豊橋の人間から見るとラジオなどで聞く名古屋の言葉は 関西弁っぽく聞こえていました. (宮地由紀男とか懐かしいな...) でも, 通常の番組の中のアナウンサーなどは標準語を喋っていたので, 関西弁のように大げさに話しているんだろうと思ってました. 大学時代に日常会話でもローカル DJ の様な言葉が使われているのを目にして 感激しました. (自分たちの三河弁の使い方を考えれば当たり前なんですが...)

あ, 当時名古屋をキー局とした東海地方のテレビ番組編成は, 土曜の昼に 吉本新喜劇, 松竹新喜劇を続けて放映していたり, 2 チーム対抗のゲーム形式で 芸人を競わせるお笑い番組(『モーレツ!! しごき教室』とか懐かしいな)が いくつも放映されていたりして, 大阪の番組が非常に多かったんです. なので方言を代表する関西弁にも自然に馴染んでいて, 自分たち以外の方言にも それほど抵抗がありませんでした.

『ド』

どこでも使える強調表現『ド』. 漢字にすれば『弩』でしょうか?

ドッとろい.
どガしこい(ど賢い). ド美人. ド美味い.
すごくノロマ.
すごく頭がいい. すごい美人. すごく美味しい.

一般的な(?) ド馬鹿, ドブス, ド不味い などネガティブな表現だけでありません. ポジティブな単語にもよく使います. 「かっこいい」→「ドがっこいい」, 「かわいい」→「ドがわいい」など『ド』の強さに引きずられて 語頭が濁音になることも多々あります. (このためか褒めてるのに馬鹿にされていると受け取られることも...)

『おいでん』

色々と方言の例を書いていて気づいた. 「(こっちへ)おいで」とか「遊んでおいで」など, 移動(来る)を意味する「おいで」と それを動詞に合わせた「XX しておいで」. 三河弁ではこれに「ん」を付けた『おいでん』が良くでてきます.

「うちにおいでん」
「場所とっといたげるで, 今のうちにトイレに行っといでん」
「そのへんで遊んどいでん」
「(私の)家へいらっしゃい」/「(私の)家へ来(き)なよ」
「場所をキープしておいてあげるから, 今のうちにトイレに行ってらっしゃい」/「行ってきなよ」
「そのあたりで遊んできなさい」「遊んで来なよ」

言葉で書くと 2 番目の文なんてすごく変に感じますが, 口語をそのまま書き取ると こんなになります.
「とっておく」→「とっとく」
「とっておいてあげる」→「とっとく」+「(して)あげる」 →「とっといたげる」
など口語による短縮形はよくあるものだと思います. もちろん三河人も文章で書くときは「とっといたげる」と書かずに 「とっておいてあげる」と書きます. 文語と口語で違うのは全国どこでも同じです.
「行って」+「おいでん」→「行っといでん」

3 番目の例の様に「おいでん」は他の動詞とくっつけてよく登場します. 「話といでん」「書いといでん」「聞いといでん」... 行動/動作を示す 動詞となら何にでも付きそうな気がします.

『しとる』

実行中を表す「~している」. 三河弁では「~しとる」と短縮します. (うーん. 現代的!) 否定の「~していない」は「しとらん」です. まあこのあたり, きっとどの地方でも丁寧に「している」なんて言わずに 短縮しているところが多いのでは.

「今, 話しとるでそっちに行けん」
「なにしとるだん?」/「なにやっとる?」
「遊んどらんで勉強しりん!」
「今, 話をしているのでそっちには行けない」
「何をしているの?」
「遊んでいずに勉強しなさい!」

3 つ目の「遊んどらん」は「遊んでいる」の否定の意味で, 「遊ぶ」+「(し)とらん」が合成され「遊んどらん」となります. 音便で言えば「遊ぶとらん」の撥音便(ン音便)でしょうか. 三河弁に適当な促音便や撥音便はつきものですが初心者には難しいかも.

『書けれん』

こちらも例からピックアップ. 三河弁の可能/不可能の表現(= 助動詞「れる」「られる」を使った表現)は メチャクチャです. 「書けない」際には「書けん」と言うのが普通ですが, 「れ」を入れて「書けれん」と言ったりもします.

A「この字書けれる?」 B「難しい字は書けれん」
「この服まだ着れる」
A「この字書ける?」 B「難しい字は書けない」
「この服まだ着られる」

「書けれる」「書けれん」などはもちろん「書ける」「書けん」も使うし通じるが, できるできないを話しているときは, つい「れ」を入れて言いがち.

「着る(カ行上一段)」は「着れる」「着れん」 「着られる」「着られん」どっちもあり.
「寝る(ナ行下一段)」もどっちもあり. これらは「ら」抜き言葉かな.
「書く(カ行五段)」と同様に 「行く(カ行五段)」は「行ける」「行けん」 「行けれる」「行けれん」どっちもありだが「ら」抜き言葉ではない.
「走る(ラ行五段)」の場合は「走れる」「走れん」のみで 「走られる」「走られん」はほぼ無し.
「話す(サ行五段)」の場合も「話せる」「話せん」のみ. いや?「話せれる」はあまり無くても「話せれん」はありかな. 「遊ぶ(バ行五段)」も無し側. でも「遊べれる」は微妙でも「遊べれん」はありかな.
「やる(ラ行五段)」(Do の意味)は「やれる」「やれん」はアリで, 「やられる」「やられん」は無し.
などなど法則も分かりません. 方言に近年の「ら」抜き言葉も加わってメチャクチャ. 何が正しいのかも分からなくなったりします.

古語なのか?

ときどき明らかに普通には通じないだろうという単語も出てきます.

「うちんがいおいでん」「うちンがい寄ってきん」
「家の鍵 かっといて」
もっと走らんとダメ. 働かんと食べていけん.
A「あんたも来(こ)ん?」 B「ううん. 行かん」
働いて金ためて, ほんでもってイイ車買う.
アイツんち金持ちだもんで, 外車に乗っとる.
丈夫い紐
ギッコンバッタン, ギッタンバッコン, ケッター,どん Q
A「鈴木さん 見えますか」 B「今日はおらんよ」
「いらんことばっかしとらんで早く勉強しりん」
「遊びに行くまい」
「嘘こくな」「こすいことばっかしとるな」
「すごい根気い」
「ヤカンがチンチン」
「おそがい」
「とろい」
「ふんごむ」
「だかえる」「だかえこむ」
「やぐい」
「いただきます」「いただきました」
「わーやじゃん, ギッチョンチョン. セーンセに言ってやろ」
机を下げる. 机を上げる. (学校で使う)
「私の家においでよ(来てよ)」「私の家に寄って行きなよ」
「家の鍵 掛けといて」
もっと走らないととダメ. 働かないとと食べていけない.
A「あなたも来(こ)ない?」 B「ううん. 行かない」
働いて金ためて, それでイイ車買う.
アイツの家は金持ちなので, 外車に乗っている.
丈夫な紐
(遊具の)シーソー, 自転車, ドジョウ
A「鈴木さんはいらっしゃいますか」 B「今日はいませんよ」
「意味のないことばっかりしていないで早く勉強しなさい」
「遊びに行こうよ」
「嘘をつくな」「ズルいことばっかりしているなァ」
「すごく疲れる」(もしくはすごく疲れた)
「ヤカンが沸騰(している)」
「怖い」「恐い」
「のろま」「愚鈍」「バカ」
「(足が)沼や泥にはまる」
「かかえる」「かかえこむ」
「(安物で)丈夫ではない」
「いただきます」「ごちそうさま(でした)」
(子供の囃子言葉)「アーア, めちゃくちゃにしたな. 先生に言いつけよう」
(教室の掃除をする際に)机を教壇と反対側に寄せる. (元に戻すのは「上げる」)

「遊びに行くまい」などは「遊びに行かまい」「遊びに行こまい」など どれでも通じるが, 私の周りでは一番は「く」次に「こ」かな. 「抱く」の変化形「だかえる(抱かえる)」なんて標準語だと思っていました. もし試験で「抱え込む」に読み仮名をつける場合, 三河では「だかえこむ」と 書くのが多数派だと思います. 標準語の「かかえこむ」の方が少数派.